and bakingにたどり着くまで②

Bread on Breadのkayo先生のレッスンに通いはじめてからは「自分でも家でこんなに美味しいパンがやけるんだ!」と目から鱗のことをたくさん学ばせていただきました。会社に勤めていてもパンのことばかり考える日々(笑)その当時(2001年ごろ)、ニューヨークスタイルとうたっていたのはこの教室くらいだったと思います。そのくらい衝撃的で魅力的なパンばかりでした。kayo先生と出会った方々はみんな同じ思いだったのではないでしょうか。パンにのめり込んだ私はいつの日かパンに関わる仕事に就きたいと思うようになりました。
その当時の写真↑

そして25歳の頃、思い立って転職を決意‼︎といっても25歳は立派な成人(とその時は思っていました)。いまさら一から修行などいけないし、バイトというわけにもいかず、社員として働ける職場を探しました。

そこで社員募集していたのがア◯タヌーンティーでした。ちょうど銀座にベーカリーレストランをOpenするというタイミングのスタッフ募集。
社員でパンに携われるなら、、と面接を受け、販売からのスタートということで入社が決まりました。

ア◯タヌーンティーのベーカリーといえばマフィンやスコーン、甘い菓子パンなど、ティータイムに合うパンがメインですが、銀座の新店舗のベーカリーはニューヨークをイメージした雰囲気で、ワンランク上のハード系や少しヨーロピアンなペストリー系をメインにしていました。

国産小麦にこだわったり、オーガニックの食材をつかったスープや惣菜パン、ワンランク上の素敵なラインナップでしたが、
それを販売、提案する楽しさと、伝わらない難しさ、両方感じていたころでもありました。

ここではパンの販売から製造、新規店の立ち上げ、アルバイトさんの教育までたくさんのことを学ばせていただきました。そのころは大手のチェーン店のメニューはセントラルキッチンでつくられるものが多い中、パンもフードもそれぞれの店舗で一からつくっていてとても美味しかったことを覚えています。

ア◯タヌーンティーは厳しい職場でしたが、大切な仲間もでき、今はそこでの知識が宝物になっています。

ただ、そのころから気持ちを込めて作ったパンも売れないと処分しなければならない現実にだんだん押しつぶされていく自分も感じていました。
もちろんできる限りの再利用はしますが、どうしても処分するものもでてきます。
経営的にはしかたないことなのです が、私的にはとてもつらく、顔の見えない相手に作るパンに気持ちを込められなくなっていました。

そこからはkayo先生のように教える側になりたいと思うようになりました。

1つ1つのパンを大事に作りたい。顔の見える相手に美味しいパンを食べてもらいたい。。。

そして結婚を機に退職。

その後はBread on Breadの専属アシスタントとしての人生が始まっていきます。

③へ続く( ´ ▽ ` )ノ







and baking

江東区の下町の小さな小さなパン工房です。自家製のライ麦サワー種や日本の麹から起こした天然の酵母を使ったパンをメインに、季節のジャム、マフィン、スコーンなどを作っています。実店舗はありません。カフェへの卸、月に一度の工房販売日があります(配送可) 。小さな工房で、食べてくれる方々の顔を思い浮かべながらパンを焼いています。

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